バッハの学校 鹿児島

 

序文

歴史は浅いが開設以来毎年春秋の二回開催されている。九州各地から参加される方々も固定メンバーが中心となり着実な歩みをみせている。

 

テーマは毎回異なるが、ピアノ音楽作品、鍵盤音楽を巡る歴史的問題点等に関して、参加者の意見・要望を踏まえて決められている。

 

鹿児島講義の最大の特色は、参加者の協力を得て、参加者のどなたかがメイン講義の中核をなすピアノ音楽作品の演奏を行い、その演奏に関するレッスン・参加者による意見交換等が行われる点にあり、作品分析・演奏法、美学・思想史等との関連の中で、歴史的資料に基づく響きがその場で具体的に追求される。音楽史、演奏表現法関連の講座における、これは理想的な形態である。併せて主宰者の辞を参照。

 

(記.丸山)

主宰者の辞

「丸山桂介先生にお会いできたことは必然である。」この一言につきる出会いと共に、2010年より原宿講義を受講させていただいた。一つ目の質問は、「ドイツ語にはAuftaktという言葉がありますが、その反対を示す言葉は何というのでしょうか。」という、誰もが漠然としか応えられない言葉に対しての先生のお答は、「前の小節から(拍を開始する)ということであれば、(拍により)満たされた小節、すなわちVolltaktでよいのではないでしょうか。」という明答に永年の曇り空が一気に晴れ渡ったのを覚えている。それまでIntaktとかAbtaktとか、本場ドイツでも造語のように扱われていた言葉を漠然と使用していたのであるが、実は、この質問は修辞的解釈法の上ではとても重要な意味を持つ。それから、様々な疑問が次々晴れ、演奏に一つの確実で大きな道筋が立つようになったことは、紛れもない事実である。その時、ここ鹿児島にも、きっと同じような疑問を多く持つ音楽家はかなりいるのではないかという相談を持ちかけて実現した鹿児島講座。2013年7月の第1回では、一番重要なテーマであるJ.S.Bachのインヴェンションの分析と解釈についてお話いただき、その後も究極的テーマを次々に扱い、講義をしていただいている。

 

この鹿児島講座での基本テーマは「楽譜をどう読む?」であり、演奏に当り、分析とその解釈法では、行程が同じ道筋でも、それぞれの知識の量や経験の違いで解釈がまるで正反対になることを互いに経験し、アカデミックの基本である修辞的解釈力を身に付けることで、共有できる芸術の範囲を広げ、多角的に芸術にアプローチをかけることを体験するのが大きな目的である。また、その際に必要な文献の紹介や調査方法を教授いただき、受講生が自ら解決の途を探るという理想的な方法を習得するのももう一つの重要な意味を持つ。受講生の向学の精神の下、鹿児島講座は他の講座とはスタイルを異にし、1日目の基本講座3コマでは、主に中心的テーマを決め、より広くより深くというコンセプトでの講座を開く。また2日目には、オプション講座として、前回の講座受講生よりの疑問や質問、そして取り扱ってほしいテーマのリクエストなどによりテーマを決定し、2コマの講義を開く。向学の精神を持ち合わせる芸術家に、常に門戸は開かれており、より向学心が豊かであれば、各地で開催される講座の様々なテーマを是非受講されたし。きっと音楽家としての有意義な人生が確約されるであろう。

 

(記.中島一光・鹿児島講義主宰者)

歴史

第15回 バッハの学校 鹿児島

バッハの『インヴェンション』発見 (2019年8月31日〜9月1日)

 

曲集のタイトルに用いられた「インヴェンション」inventioは、元は修辞・弁論術に使われて演説の「テーマ」ないし語るべき事柄の「発見」「着想」を意味する用語でした。

 

弁論や演説の方法は古代ギリシア・ローマで確立され、やがてイタリア・ルネサンスの頃から音楽作品や演奏の纏め方として音楽の領域に転用されたものです。バッハの曲集も改める迄もなくこの伝統に立つものです。従ってこの曲集に収められた作品を演奏するためにはバッハがその作品で何を「着想」しその着想した「テーマ」を巡って音による弁論をどのように「展開」させたか、その手法ないし語り方を理解する必要があります。

 

今回の講座ではE Durを例に、このようなバッハにおけるinventioについて学習します。バッハがこの作品で語った「着想」= テーマについて検討し、そのテーマの内容について、バッハの他作品も参照しながら検証します。その検討から果たして何が現れるか ー いわばバッハ「発見」 のひととき。

 

(記.中島)

第14回 バッハの学校 鹿児島

「パストラーレ」 〜 牧歌の歴史とゲマトリア 〜 (2019年4月13〜14日)

 

今回の講座の基本の問題点:「パストラーレ」とは何か。古代ギリシアにおいて問われた「自然の法則」。法則は「神話」として「哲学」として、かつ「パストラーレ」の形態をとって「ことば」によって人間の耳に響くことになった。

 

その響きをバッハの諸作を手がかりに解析する。Fを基とする作品、F-Dur, f-MollのPraeludiumとFuga etc.

 

併せて、響きの解析の一手法として用いられるゲマトリア = 数に代置されたパストラーレについて解説する。

 

(記.丸山)

 

 

パストラーレはバロック時代に多作された音楽作品の名称のひとつで古く古代ギリシアに端を発する文学作品の一ジャンルであった。基本的には羊飼いの物語であり、牧歌的自然を描写するのがパストラーレであった。しかしギリシアでパストラーレは自然の描写を通じて「自然とは何か」という問を巡る自然観を表すようになり、天空の秩序を問う宇宙観と一対をなす、人間とそれを取り巻く自然に対する様々な問題を表現することになった。歴史的には先ず古代ギリシア・ローマで優れた作品が作られ、次いでギリシア・ローマの文芸の復興を目指したルネサンス及びその意図を継承したバロック時代にパストラーレは纏められることになった。

 

今回の講座ではバッハ作品を手がかりにしてパストラーレの歴史を繙き、併せて宇宙観や自然観を象徴的に表すために用いられた数による表現法=ゲマトリアについて検討する。

 

(記.中島)

鍵盤音楽作品を中心に"読譜"という"文字"を読むための基礎講義

第10回~13回の講義について、2年連続講義で計画します。

 

第13回 バッハの学校 鹿児島

第1講義 (2018年9月29日)

Das Wohltemperirte Clavier I, h-Moll, BWV869

十字架とバッハの音楽 〜

 

宇宙という家の中に住む人間は古来より宇宙という天井を見上げ、空を四区分した。その四区分をなして交差する二本の直線は天空に十字を描く。宇宙の十字とキリストの十字架、バッハのロ短調にその表現を読む試み。

 

※取り扱う楽曲:

バッハ:平均律クラヴィーア曲集第1巻より プレリュードとフーガ ロ短調 BWV869

第2講義 (2018年9月30日)

「修辞」をめぐる歴史 II

 

ブラームスの楽譜と標題

〜「ことば」によるイメージの層について 〜

第12回 バッハの学校 鹿児島

第1講義 (2018年4月21日)

第2回クラヴィコード奏法実習

 

第1回バロックダンス実習

『身体でつくる拍感・リズム感・フレーズ感』解説と実習

〜 基本の姿勢、正しい歩き方、ポジション、基本ステップの踏み方 、メヌエットのステップを学ぶ 〜

(ピエール・ラモー著『ダンス教師』(1725) に基づいたバロックダンスレッスン)

第2講義 (2018年4月22日)

第3回クラヴィコード奏法実習

 

第2回バロックダンス実習

〜 前日の復習、メヌエット、ブレ 〜

第11回 バッハの学校 鹿児島

第1講義 (2017年9月2日)

クラヴィコード入門と演奏

 

第1回クラヴィコード奏法実習

第2講義 (2017年9月3日)

講義『ピアニストとクラヴィコード』

〜 バロックから現代の鍵盤楽器奏法に関する文献とコルトーの映像解析 〜

 

第1回 実習『身体でつくる拍感・リズム感・フレーズ感』

〜 バロックダンスを通して その1 ー メヌエット 〜

第10回 バッハの学校 鹿児島

第1講義 (2017年4月22日)

Das Wohltemperirte Clavier II, F-Dur, BWV880

〜 Pastor 羊飼いのイメージと「楽譜」〜

 

古代ギリシアの牧歌とクリスマスに関する作品の伝統とその表現についてバッハの「プレリュードとフーガ」の解析とレッスンを交えての講義。

 

※取り扱う楽曲:

バッハ:平均律クラヴィーア曲集第2巻より プレリュードとフーガ ヘ長調 BWV880

第2講義 (2017年4月23日)

「修辞」をめぐる歴史 I

〜 ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第8番『悲愴』 Op.13 (終楽章を中心に) 〜

 

※取り扱う楽曲:

ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第8番『悲愴』Op.13

第9回 バッハの学校 鹿児島 2016特別講座2

ハ短調の響きと音楽構造の関連について

- 『音楽の捧げもの』とピアノ・ソナタ作品13、モーツァルトのハ短調の関わり -

 

モーツァルトの傑作が創造されたのは生涯の最後の10年間であった。このときモーツァルトはバッハ作品との出会いの中に在った。 ベートーヴェンは、このときのモーツァルト作品の上に自己の世界を築いた ー 二人の天才を結んだのはバッハの『音楽の捧げ物』であった。

 

今回のメイン講義では、ベートーヴェンのOp.13の分析・レッスンを中心に、このバッハ作品と二人の作曲家の「ハ短調」作品について研究する。オプション講義では、バッハやショパン達の表現世界に存在し続けた「フォルトゥナ」を取り上げて、ヨーロッパ音楽の深層に投影された「フォルトゥナ」が司る宇宙の調和・ハルモニアについて、実際の作品例に触れながら講解する。

 

(記.丸山)

 

共通テーマ (2016年10月22日)

ベートーヴェンのピアノソナタ作品13と『音楽の捧げもの』の関連について

『音楽の捧げ物』とモーツァルトのソナタKv.457

Op.13 とベートーヴェンのハ短調作品

『悲愴』Pathetiqueの語源とギリシア悲劇

オプション講座 (2016年10月23日)

フォルトゥナ、天空の秩序と音楽 - ドリア旋法と宇宙論 -

※取り扱う楽曲:ベートーヴェン・ソナタ集など(作品13を含む)、モーツァルト・ソナタ集など

第8回 バッハの学校 鹿児島 2016特別講座1

ベートーヴェンのいわゆる後期作品の響きの構造について-2

- ピアノ・ソナタOp.110とOp.111 + 第九のテキスト -

 

昨年の『ベートーヴェン後期ソナタ』に続いて今回は主としてOp.110を、また併せて最後のOp.111と「第九」のテキストを解析する。

 

「ミサ・ソレムニス」との深い共鳴の内に形作られた三幅対のソナタの、前回に取り上げたOp.109 が何か存在の源泉を巡る思索を強くするものであったのに対してOp.110 はことばの深い意味での孤影の歌と呼び得る、しかし遥かに崇高なカンタービレ・ソナタであり、Op.111 は地上と天上との対話の中に高みなす天界に飛翔する宇宙論的魂の世界を形成する。三曲のソナタの後に、ベートーヴェンの筆は「第九」に向かう。その終章のテキストこそ、ベートーヴェンの生涯の思索を集約させてとりわけてOp.111の解明に美しい光を投げかける。ピアノ演奏は住吉智子さんの担当。

 

オプションの2講座は二つの、表面的には遠く在りながらも分かち難い結び付きをみせる「歌」と呼ばれる「朗誦」とショパンの響きを取り上げる。ルネサンス/バロック期の創作に多大な影響を与えたとされる、ローマ時代の弁論家キケロの説く修辞・弁論と、それを基に成立したと考えられるショパンの作品の一領域について解析する。分析される曲はノクターンからの二三の小品になるであろう。

 

(記.丸山)

 

共通テーマ (2016年4月16日)

後期ソナタOp.110の歌の世界の分析に、併せてOp.111と第九のテキストを講解

※取り扱う楽曲:Op.90以降のベートーヴェン・ソナタ

オプション講座 (2016年4月17日)

キケロの修辞とバッハのカンタービレ - 修辞的演奏法の源泉に汲む -

オプション講座-2: ショパン分析 - ノクターンとフォルトゥナ -

※取り扱う楽曲:ショパンのノクターン集

第7回 バッハの学校 鹿児島 2015特別講座2

ベートーヴェンのいわゆる後期作品の響きの構造について-1

- 「ミサ・ソレムニス」とピアノ・ソナタ -

 

人間の精神活動のあらゆる領域における最高の次元に立つ作品のひとつにベートーヴェンのいわゆる後期作品が属していることは改めての言を要しない ー ピアノ・作品の分野における晩年の諸作の中から、今回は Op.109 を主たる素材として取り上げ、いわゆる後期作品の特徴とそれによって表明されたベートーヴェンのメッセージをピアノ・ソナタの響きを手掛かりに解析する。

 

芸術作品の歴史に表れたひとつの共通した傾向 ー 大芸術家の晩年の様式と呼び得る作風・様式の中で常に問われたのは「聖なるもの」への深い視座であり、世界の一切を超えて「聖なるもの」への回帰を歌った魂の浄化であった。特に、早くリーツラーによって指摘されたベートーヴェンとミケランジェロの作品が響かせた同一の響きの中に、魂の浄化は見紛うべくもなく表れている。ミケランジェロは、プラトン哲学との共鳴の中でこれを具体化し、ベートーヴェンはプラトン的世界に加えて「ミサ・ソレムニス」における「聖なるもの」との対話の中で魂の浄化の意味を問うた。

 

今回の講座ではこの「ミサ・ソレムニス」とピアノ・ソナタとの具体的結びつきを手掛かりに、かつ Op.109 を課題曲として取り上げつつ、一連の後期作品の分析を試みる。課題曲の演奏は、前回と同じく中島教室の上京さんにお願いさせていただいた。

 

(記.丸山)

 

オプション講座 (2015年10月23日)

シューマン・ピアノ作品のひとつの捉え方 - ことばと響き -

 

ゲマトリアによるバッハ・インヴェンションの分析・実習

- ゲマトリアの歴史・バッハの思想的系譜を視野に入れて -

共通テーマ (2015年10月24日)

『ベートーヴェンのいわゆる後期作品の響きの構造について』による講義とレッスン

※取り扱う楽曲:Op.90以降のベートーヴェン・ソナタ

第6回 バッハの学校 鹿児島 2015特別講座1

「創造」「個性」と「良い趣味」

 

芸術と創造、創造と個性は不可分の関係にあると信じられている ― 果たしてこの考えは正鵠を射ているのか。17世紀から19世紀にかけてのひとつの歴史的事実 ― 多数の作曲家が「同一の、ひとつのテーマ、ひとつの音型、ひとつの素材」を使って多数の作品を「創造」した。しかも今日、この多数の作品を誰しもが「個性豊かな作品」と考えている。バッハからショパンに至る三つの作品を一例として、この不可思議な事実について検討する。併せて17世紀以来、これらの作品の演奏に関して求められたのは演奏家の「個性」ではなく「良い趣味」であった。それでは「良い趣味」とは何であるのか。「ひとつの素材」を「良い趣味」に立って追求したらどの様な響きが生まれるのか ― この問題を研究するための講座を開きます。

 

(記.丸山)

 

共通テーマ (2015年3月1日)

座学とレッスン

オプション講座 (2015年3月2日)

参加者からのテーマ

※取り扱う楽曲:

バッハの平均律クラヴィーア曲集第1巻BWV849嬰ハ短調

ベートーヴェンのピアノ・ソナタ第14番「月光」 第1楽章

ショパンの遺作の夜想曲(Lento con gran espressione)

第4・5回 バッハの学校 鹿児島 2014連続講座

「楽譜」を読むことは「楽譜」という形をとっている何等かの「作品」を「分析」する作業を意味します。「分析」はひとつの形あるものを解体する作業であり、例えばひとつの文章にまとめ上げられている「作品」を、この文章を構成している種々の構成要素に分解し、それによって、その「文章」が伝えようとしているメッセージを明確に把握することです。「音楽作品」の場合、そのメッセージは「響き」によって伝えられるので、分析の作業はそのまま「響き」を「楽譜」から読み取ること = 聴き取ることを意味します。そして最終的にはこの「響き」を、例えばピアノで具体的に弾き表すことになります。つまり「分析」は「演奏」することでもあるのです。

 

今回の鹿児島講義では、この「演奏」としての「分析」=「楽譜の読み方」をテーマにします。この作業の説明、研究には多くの時間が必要とされますので、二回の講座をワンセットとして行います。

 

具体的には小さなフレーズの解析から始め、ソナタのような大きな形の「作品」の捉え方までを、段階的に説明します。その際にサンプルとして取り上げる曲例は、可能な限りこれまでの講座で取り上げたものにしますが、参加者の御要望にも応えたく思いますので、取り上げるべき曲の御希望がある場合は、参加申し込み時に曲名をお知らせ下さい。

 

(記.丸山)

 

第5回 バッハの学校 鹿児島

分析・「響き」を響かせる

分析の演奏における反映方法(1) (2014年8月2日)

ベートーヴェンの「楽譜」を聴く - Op.28を例とした分析と演奏 -

分析の演奏における反映方法(2) (2014年8月3日)

楽譜とテンポ + フリートーキング

第4回 バッハの学校 鹿児島

分析・「響き」を読む

読譜による分析法(1) (2014年6月8日)

ルーペで読む「インヴェンション」

読譜による分析法(2) (2014年6月9日)

「楽譜」の形而上学(「在る」ものと「楽譜」) - 「楽譜」には何が表されているか -

第3回 バッハの学校 鹿児島

『音楽的修辞法(表現)の理解と探究』 - 表現の探究 -

バロック時代の修辞と音型論について(第1回) (2014年1月26日)

17~19世紀の音楽がいかなる手法でまとめられているのか

歌の作品とピアノ曲の関連

ヨーロッパの芸術の本質について

 

ゲマトリアによる分析(補講)

モーツァルトの後期(ウィーン時代)ピアノ曲における特徴 (2014年1月27日)

幻想曲K.475とソナタハ短調K.457について

第2回 バッハの学校 鹿児島

『インヴェンション』入門-II

バロック時代の基本的芸術観と音楽観 (2013年8月31日)

 

インヴェンションの分析と演奏レッスン

バッハの他の作品との関連性 (2013年9月1日)

第1回 バッハの学校 鹿児島

『インヴェンション』入門-I

プレインヴェンション - バッハ作品と原典版を巡って - (2013年7月6日)

"inventio"について - inventioの歴史とバッハ作品 - (2013年7月7日)

 

分析:インヴェンション g-Moll